2013年8月15日(木)実家に帰っています。
朝5時半ごろから散歩に出かけました。まず庭でおしっこ。
家を出たすぐの道で💩。
この日は息子も一緒だし、自然が多い場所なので波琉太も生き生きしています。
山道に突然駆け上がり小道に出ました。
道の沿って下って幼稚園のグランドに。
自然に放たれて走るとまた💩出ちゃう波琉太、その後のすっきり顔です。
帰りはカートに乗って南にぐるっと回る道を歩きました。
カートの中で立って、テンション高め、嬉しいね。
1時間ほどで家に戻りました。
波琉太地方よりは涼しくて走れましたが、ガハガハ。
顔を縁にひっかけて、
カートに敷いた保冷剤に寝そべっています。
そして休憩する波琉太。
あごを乗せると天下一です。
ん?何か見つけましたか。
家に入って母が気になる波琉太です。
私はこの丈のスカートをはかないので、
裾のひらひらを追いかけて噛もうとしていました。
朝のお勤めをする母の膝に乗って、仏壇を覗いています。
珍しくて興味津々です。
母の座っていた座布団に寝そべって。
ご機嫌な様子です。
事故が起きたのは夕方です。当時の記事→「階段転落事故」2013年8月
波琉太の生涯について何も後悔しないと言いたい私ですが、
やり直せるなら今からでもこの日に戻りたいです。
波琉太が階段を昇った息子を追いかけ、そこから落ちました。10段ほど。
わが家では階段を一度も昇らなかったのに、
この直前私を追いかけて階段を上ってきていて、上手に捕まえたのに、
その後すぐつい立てを置かなかったことを後悔しています。
今憶えているのは、私を追いかけてきた波琉太の顔を見た時のドキドキと、
騒ぐと身を引く癖があるので、冷静に捕まえられたことです。
多分息子は大声を出してしまったのだと思います。
落ちた後のことは全く憶えていません。
きっと1回目、私が冷静に対処できたことに満足してしまっての慢心と思います。
ただその相手が息子だったことが私を追い込みませんでした。
他の誰かなら一生許せず、怒りを持ったまま生きていたと思います。
シニアになって波琉太は歩けなくなっていくのですが、
原因はこの転落事故ではないかとよく思い返しました。
多分違うと思います。
階段と家の中が怖くなってしまいました。当然です。
落ちてすぐもいろいろ確認しましたが、
本当に幸運でした、波琉太は奇跡の子と思いました。
晩ごはんも無事食べて、
夜8時ごろには母のそばで寝ていました。
・お盆にはこの世は死者であふるるか信心なきわれハル素通りす
・来年もまた!があるからお盆には帰っておいですぐ行くとしても
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