こうやって文章を書き留めておくことが私にとって一番の慰めです。
思い出し、書き留めて仕舞っていく作業です。
私は先代犬アレクサンダーを亡くしたとき、
アレ君があまりに若く、亡くなった原因もわからず、
息を引き取ったその時その場にもおらず、
悔しさや自分への怒りやらで、われを失くしているようでした。
砂を噛むような、食べ物を口にしたときのこんな言い回し、
比喩的なものと思っていましたが、事実でした。
あんな何の味もしない食事は初めてでした。
涙が涸れる、涙が出ないならウソ泣きだと思っていましたが、
体中の水分がなくなると本当に泣いていても涙は出なくなります。
飲み物は飲んだそばから涙になっていきました。
道にひれ伏してしまいたい、硬い道路を歩いているのに、
フワフワして、まるで地に足がつかない、
意味合いは違いますが、本当にそんなことがありました。
アレ君を失くしてそんな状態になりました。
13年前のことです。
でも、食べ物に味がありました。
涙は枯れませんでした。
道路はちゃんと硬かったです。
楽しかったことが思い出されて、こんな終焉を迎えられたことに、
私はやはり波琉太に感謝するしかありません。
・ハルいない暮らし忘れてしまったよ背負いしもののなきわが軽さ
・ハルよりも大切なこともうなくて身一つだけで避難もできる
・ふと目覚め右見る今はなきハルの寒くはないか眠れているか
・ハルの逝きそれでも食べる味がある歩けば足裏地をちゃんと踏み
・ゆっくりとゆっくりとわれ行くからねわが胸ハルをちゃんと納める
先代犬がなくなった時、花屋さんではある記念日のフェアで、
たくさんチューリップが並んでいて、2月3日はチューリップ忌にしました。
波琉太はと思って花屋さんに行ってみると、
亡くなった時期スイートピーの日があり、たくさん並んでいたので、
1月17日はスイートピー忌です。
少しずつ少しずつ、もう一度私になっていこうと思います。
波琉太もアレクサンダーもこの世にはいないけれど、
胸の中にぴちっと納まってもらおうと思います。
これからも続く・・・・
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2024年01月24日
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